鹿児島県霧島アートの森 開園二周年 美術講演会  
 

2002年10月12日、霧島アートの森は、開園して満2年を迎え、霧島アートの森の整備の段階から様々な指導助言をいただいている美術評論家の建畠 晢 氏による美術講演会を開催いたしました。
氏は現在コロンビア大学客員研究員としてニューヨークに滞在中で、この機会に野外美術を中心としたスライド映像を交えての貴重なお話となりました。

   
講 師
建畠 晢
(美術評論家、詩人、多摩美術大学教授)
演 題
「自然の中の彫刻」ストームキング彫刻公園から
霧島アートの森へ
日 時
2002年11月4日(月)
14:00〜15:30(90分)
場 所
霧島アートの森(多目的スペース)
参加料
入園料のみ
   
 
* 文中のスライド画像No.をクリックすると、新ウィンドゥで該当スライドが立ち上がります。新ウィンドゥ内の画像クリックで元の画面に戻ります。
 
 
 現代美術に限らず、美術作品がおかれる場所というのは、われわれにとって最も身近なのは美術館です。ところが、野外という条件がつきますと、今まで美術館でコレクションしてきたような基本的な方針はほとんど役に立ちません。全く条件が違います。僕も実は大学に移る前に15年ほど美術館のキュレーターをしておりましたが、それはもちろん美術館という建物の中に作品を配置して展覧会をするということの繰り返しでしたから、野外の場合は、どのような作品をどのように配置したらいいのか、どういうことが問題なのか、何が問題点かもよく分かりませんでした。
 考えてみますと、野外彫刻美術館というものの歴史はそんなに古くありません。皆さんご存じかもしれませんが、日本では、箱根にフジサンケイグループが運営している彫刻の森美術館と言うところがあります。非常に多くの人たちに親しまれている美術館で、僕も何回か行ったことがあります。これがひとつ役に立つのではないかと思ったのですが、ただ、霧島と箱根を比べると、自然の中という意味では似ているかもしれないけれども、箱根の彫刻の森は急峻な斜面に建っていて、その変化のある地形を利用して、遊園地型と言うと語弊があるかもしれませんが、実に多くの色々な作品がぎっしりとひしめいているのです。もちろんそれはピカソとかヘンリー・ムーアとかブールデルとか、われわれになじみのある巨匠たちの作品があって見ごたえのある美術館なのですが、どうもあの方針はここには向かないだろうと考えたのです。
 というのは、箱根とここ霧島とでは自然の雄大さが違うのです。霧島には遠くまで見晴らすような雄大な光景があります。霧島である限りその自然の美しさを生かす、その環境にマッチするような展示をせざるを得ない。そうでないと、都心から近いわけではありませんから、わざわざこういう所に彫刻公園を持ってくる意味がないだろうということで、彫刻の森美術館型はあきらめたわけです。自然の中でマッチするようにということを考えていたのです。
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 その時に明確にそれを目指したわけではないですけれども、参考になったというか、どこか念頭にあったのが、ニューヨークの郊外の彫刻公園ストームキング・アートセンターです。僕は15年ぐらい前に1度行ったことがあるのですけれども、ニューヨークのアップステート、ニューヨーク州の北のほうの、ハドソン・リバー・ハイランドと言う、ハドソンリバー沿いのニューヨークから高速道路で1時間ちょっとのところにあります。60マイルぐらいの所で、日帰りが可能な距離です。ここと鹿児島の関係ぐらい、あるいはもう少し距離がありますでしょうか。そこのことが念頭にあって、そこは非常に美しい雄大な自然の中で彫刻を展開していますから、それを参考にしながら構想したわけです。
 ただ、ストームキングは広さ500エーカー、先程計算してみましたら、200ヘクタールでした。ここが13ヘクタールですから、20倍近いのです。とんでもないスケールの彫刻公園ですから、そっくりそのままこちらに応用するわけにはいかないのですが、どこか念頭にあったといえます。今日、そのストームキングの話をしようと思うのは、私は現在たまたまニューヨークにおりまして、もう一度行ってみて比較するのも面白いだろうと考え、それを話題に選んだのです。
 その話をする前に、彫刻公園という独特の環境についてお話ししたいのですが、先程申し上げましたように、われわれに近しい美術の施設というのは美術館です。美術館というのは当然屋内が中心です。もちろん、小さな野外展示スペースを持っていたりということはありますけれども、基本的には屋内作品の収蔵施設です。屋内は、最近の美術館は特にそうなのですけれども、英語で「ホワイトキューブ」と言われるのです。ホワイトキューブというのは「真四角なさいころ」、「真四角な箱」という意味です。部屋の中が無機的、幾何学的な白い箱で、壁も真っ白です。何の性格もない、そういう場所です。
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 では、どうしてそうしたデコレーションを廃したスペースを用意するかというと、デコレーションが絵を鑑賞するのに邪魔になるからです。絵画は絵画だけ純粋に鑑賞したい。そのためには、シャンデリアがぶら下がっていたり、壁紙にパターンがあったり、開口部にデコレーションのある窓が付いていたりといった、鑑賞に余計なものを全部廃してしまって、真っ白な壁に絵を掛ける。絵画は、とりわけ近代絵画は絵画自体で自立しています。だから、むしろ余計なものがないほうがいい。絵画だけがそこで映えるような無機的なスペースのほうがいい。

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