“水玉の楽園” 草間彌生 展

草間彌生スライドトーク
 
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草: 資産家のアドルフ・コッキングさんが、私の生活援助だと思って買ってくださった作品です。
バックは(背後は)ドレッシング・テーブルで、着ているのはマカロニ・ドレスです。
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草: テーブルから電話機に這い上がったスミレの花の模様が、天井に伸びていくんです。
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草: これはニューヨークのグループ・ショウです。
グリーン・ギャラリーという超前衛のギャラリーで、ポップアートやミニマルアートが出現したということで、私のソファを出してくれたんです。
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1959
-61
草: クレス・オルデンバーグnew windowの作ったハリボテの作品ですけど...。
中:

黒いスーツみたいなものですよね。

草: そうです。その下に少し見みえるのが、先日亡くなったジョージ・シーガルです。
彼もクレスも30になるかならないかの年頃で、私も29か30で、1959-61年の作品です。
中: こういったソフト・スカルプチュアというのは、通常彫刻は男性が力仕事で作るところを、先生(草間)は布で彫刻を作っちゃったんですよね。これに対して、オルデンバーグとかは、(先生の)アイディアをちょっと借用しちゃったんですよね。
草: ええ、借用しました。そして謝りにきました。
私が個展をやるところだったんですが、ちょうどお金がなくて個展ができなくて、ソフト・スカルプチュアを作ったんですね。
これを出したところ、オルデンバーグは今までハリボテの作品を作っていたのに急にソフト・スカルプチュアを作るようになって...。それで9月にソフト・スカルプチュアの個展をやって、大成功したんですって。
私はその後、『一千のボート・ショウ』*をやったり、リチャード・カステラーニの個展*をやりました。
 
* クレス・オルデンバーグ (Claes Oldenburg)
1929年スエーデン、ストックホルム生まれ。7歳のときに一家で米国に移住。イエール大学、シカゴ美術研究所に学び、アメリカ美術界にその名を知られるようになる。
* 1963 個展「一千のボート・ショウ」(ガートルード・スタイン画廊、ニューヨーク)
* 1964 個展「ドライヴィング・イメージ」(カステラーニ画廊、ニューヨーク)
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1964
草: これはフェリー・ボートです。
バックに見えるのがマンハッタン島です。
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1964
中: これはゴリラ・コートを着ているんですよね。ゴリラの、本物の毛皮なんですよね。
草: はい。
中: 今こんなものがあったら、グリーン・ピースとか怒っちゃいますよね。
草: ええ。これを着て動物園に行くと、動物がものすごくキャーキャー騒いで、私は恐くてそばに寄り付けなかったです。
 

会場:笑
 
草: 手を伸ばしてくるんですよね。
これに赤いタイツ、赤い靴を履いて、そのスタイルがとても有名になったんです。
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草: バーネット・ニューマン*さんという、アメリカで五大画家の一人で、カルダーの展覧会で話したところを写真を撮ってもらったんです。
当時のニューヨークの抽象表現主義の作家の中で、いわゆるボス的存在でしたよね。
草: そうです。
   
* バーネット・ニューマン Barnett Newman (1905-70) ニューヨーク生まれ。
アメリカ 抽象表現主義の美術家。
平板な色彩を垂直に区切る画法で、カラー・フィールド・ペインティングにモデルを提供した。
また美術評論家でもあり、第二次大戦後、アメリカ人の独創性を発揮すべきだと主張。
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1959
草: これは、私の体に白や赤の水玉を一面に貼った作品です。
30歳の頃の作品です。
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1965
草: これは男性の生殖器のフィールド(ファリックス・フィールド)で、水玉が生存の象徴で...。非常に明るく病気を吹き飛ばすという、新しいアイディアです。
中: これは実際には65年の作品なんですけども、既にこの時からいわゆるミラー・ルーム・ブームといわれるものが確立してきてましたね。
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1965
中: これは今回展示された作品ですね、65年の作品で、3枚の連作になっています。
非常に綺麗な作品ですね。
草: はい、そうです。
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1966
中: これは『Walking Peace』というパフォーマンスの作品ですね。
草: 細江英公さん*という方が撮ってくれたんですが、歩いてくる写真を撮った、数十枚という作品なんです。傘にお花をつけた、フラワー・オブセッション(脅迫)という作品なんですよ。
   
* 細江英公(ほそえ えいこう)
写真家 1933年米沢市(山形)生まれ。
1963年に作家三島由紀夫を被写体とした写真集「薔薇刑」で評価を確立する。数々の名作を発表し、海外においてお非常に高い評価を得ている。
   
草: ここに見えるのが、イースト・リバーです。
(画像10/18)
   
中: こういう風な着物というのは、全て日本から持って行ったんですか?
(画像12/18)
草: はい、そうです。
中: これは何を泣いているのですか?
(画像15/18)
草: 泣いてるフリしてるだけ...。
 

会場:笑
 
草: 全部ストーリーがありましてね。
中: 簡単に言うと?
草: そうですね。
異国から着た女の子が、独りぼっちでもって散歩しているところを、それを傘が守ってくれて、その傘には花がいっぱいあって、「あなたの幸福を祈っているわ」と言うんです。
それを「ホント?」と言って、泣いてみせたんです。
 

会場:笑
 
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1966
草: これは1966年のヴェニスビエンナーレ...。
中: 招待されていないのに、勝手に出ちゃったんですよね。
 

会場:笑
 
草: はい、そうなんです。
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1966
草: 2500個の水玉を、あなたに2000ドルで売りますって。
あなたのナルシズムを2000ドルで買いますって表札を立てて、ビエンナーレに登場したら、ものすごくびっくりして...。
横に立ってた作品が古い古い作品で、ヌードでもってブロンズで作ってあるので、その横にプラスチックのボールを抱えて「ナルシスの庭」ってギリシャ神話でもってね...。
フィレンツェのゴンザレスさんの工場へ行って注文して帰ってきて、展覧会のオープンの前の日にゴンザレスさんに手伝っていただいて、並べたところです。
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監修:草間彌生スタジオ/モマ・コンテンポラリー