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トーク |
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| 草: |
こんにちは。
皆さん、本日はよくいらっしゃいました。
私はこんなに大勢の方が雨の日に集まっていただき、大変感動いたしております。
九州の皆様にお目にかかれることを楽しみにしておりましたけれども、今日、お目にかかれて、本当に来たんだなという気持ちがいたします。本当にありがとうございました。 |
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会場:拍手
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| 草: |
これから、私が今まで歩いてきた生涯について、ご説明申し上げますので、それでよろしいでしょうか。 |
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会場:拍手
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2002 |
| 中: |
この前、オープニングをやられたわけですが、今日こられた方々は『こぶしの木プロジェクト』を見られてない方もいらっしゃいますので、まずはこのスライドから見てみましょう。 |
| 中: |
このパフォーマンスは、前日にやろうということになったんですよね。
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| 草: |
はい。1週間ほど前に、布を買ってきて、こんなに綺麗な長い尻尾を作ったんです。 |
| 中: |
この時、すごく報道陣の方がいらしていて結構大変でしたよね。
これはNHKの方々ですよね。 |
| 草: |
はい。 |
| 中: |
ここから出発してオープニング・レセプションの玄関まで行くわけですが...。
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会場:歓声
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| 草: |
40mあります。 |
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会場:歓声
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| 中: |
これは観客の方々は、パフォーマンスをやることは全然知られてなかったので、皆さん非常に驚かれましたよね。
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| 草: |
はい。 |
| 中: |
これは、私も後で見て、とても綺麗だと思いました。 |
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1939 |
| 草: |
これは私が10歳の時の写真ですけど、ダリアの花が1・2・3・4・・・そして私の顔で5つです。 |
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1939 |
| 草: |
これは私の家族の肖像ですけど、私の右が母です。 |
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1939 |
| 草: |
これは母の肖像画ですけど、私が10歳の時に描きました。 |
| 中: |
5年生の頃のデッサンですね。 |
| 草: |
ええ、5年生の時のデッサンなんですけど、既にもう全体的にポチポチが浮かんでいるんです。 |
| 中: |
実際にお母さんの顔がそう見えたんですよね。 |
| 草: |
はい、そうです。 |
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1939 |
| 草: |
これが、その裏に描いた花瓶とお花です。
花瓶の模様が壁から天井に這い上がって、私を恐怖に陥れました。 |
| 中: |
既にパターンの原型がありますね。
10歳の時から既に点とネットが見えていたというわけですね。 |
| 草: |
それが出発点で、今日の草間彌生があるわけです。 |
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1950 |
| 草: |
これは、植物の残骸です。
ねじれて、そして消滅する手前の段階のところを描いたわけです。 |
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1955 |
| 中: |
これは、『風神』ですね。 |
| 草: |
はい。『風神』です。これは油絵で、描いたのは1955年です。 |
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| 草: |
アメリカに行く寸前、東京のスタジオで撮った写真です。 |
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4000枚あったものを2000枚焼いて、後の2000枚をアメリカに持っていったんです。 |
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1952 |
| 草: |
私の第1回目の公民館*での展覧会で、2回続けて併せて260点ぐらいの(作品で)大展覧会をやりました。私はニューヨークに行って、もっといい作品を作ると言って、出発する前に石油をかけて焼き捨てたんです。 |
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1952年 松本市第一公民館(長野)での展覧会。 |
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1947 |
| 草: |
私が18歳の時の肖像で、母が染色が好きだったので、染色屋に行って、網の目を書いて、それを洋服に仕立てたんです。 |
| 中: |
ご自身でデザインされたのですか? |
| 草: |
はい、そうです。 |
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| 中: |
これも渡米前ですね。 |
| 草: |
ええ、この洋服は片方が赤で片方が白で、こういう洋服を着ていた人は当時いませんでしたね。
バックに(背後に)ある絵はみんな焼き捨てたんです。
一大決心をしてアメリカに渡ったんです。 |
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1951 |
| 草: |
1951-52年の水玉の作品です。 |
| 中: |
一番初期の、水玉だけで構成された作品ですね。 |
| 草: |
はい、そうです。 |
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1952 |
| 中: |
1952年の、これも初めてのネットですね。 |
| 草: |
そうです。 |
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1952 |
| 中: |
これは『叫ぶ少女』という作品ですね。 |
| 草: |
ええ、叫ぶ少女は私自身です。
「もっと自由になりたい」と、人生に向かって叫んでいます。 |
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1952 |
| 中: |
1952年、松本時代*のドローイングですね。 |
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| * |
松本時代=草間の出身地である長野県松本市で過ごした時代 |
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1952 |
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1952 |
| 草: |
これは松本時代の、出発する時の写真で、これを持ってアメリカに行きました。 |
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