百花斉放 世界を飛び超えるギュウチャンの全貌―。篠原有司男展 2006年9月15日(金)〜11月5日(日)
ニューヨークを拠点に、現在も旺盛な制作活動を続ける篠原有司男。
九州では初となる今回の大規模な個展では、もはや彼の代名詞ともなった「オートバイ彫刻」の作品群を中心に、1960年代の初期の作品から長さ20mにもおよぶ「怪獣イン・パリ」などの色彩溢れる巨大なペインテイング作品をアートの森の大壁面ならではの展示構成にあわせて展観し、そのエネルギッシュな表現の全貌に迫ります。加えて1993年に北九州において制作された鉄鋼彫刻の巨大原画など九州ゆかりの作品にも焦点をあてます。総出品点数は壁面展示(平面)作品と床面展示(立体)作品をあわせて約60点になる予定です。
篠原氏は展覧会オープンに合わせて会場に滞在し、オープニング初日には長さ15mにも及ぶ「ボクシング・ペインテイング」を敢行し、会期中展示します。また、鹿児島を取材してイメージした新作を公開制作します。滞在中は本人によるギャラリートークや子ども達とのワークショップなど観覧者との交流も図られる予定です。南の大地で彼のイメージがどのように新たな展開を見せ、そのパワーがどのような作品を生むのか、おそらくそれはこれまでの常識を覆すスケールの空間として創り出され、観る人に感動のエネルギーを与えることでしょう。
画像背景=バミューダ島のヴァン・ゴッホ/1997/アクリル絵の具、キャンバス/241 x 732cm/作家蔵
篠原有司男とその作品について

篠原有司男(しのはらうしお)
1932年、東京生まれ。
父は詩人、母は画家。53年東京芸術大学美術学部油絵学科入学、57年中退。翌年、初個展「ロカビリー画家」(東京・村松画廊)開催。50年代後半から新人作家の牙城、読売アンデパンダン展に出品を続け、60年ネオ・ダダ・オルガナイザーズのメンバーとして活躍。野外での制作やボクシング・ペインテイング、ラウシエンバーグなどの作品を臆面もなく引用したイミテーション・アートなどを展開。破天荒な行動とともに一定の枠に収まらないエネルギッシュな表現活動は従来のアートへの既成概念を打ち破るものとなり時代の寵児となった。ボクシング・ペインテイングは近年、福山雅治と共演したポカリスエットのCMでも披露されている。幕末浮世絵版画にヒントを得た「花魁」シリーズを発表後、69年ロックフェラー財団の奨学金を受け渡米。現在までニューヨークを拠点に活動。72年、初の段ボールによるオートバイ彫刻を制作、発表。ニューヨークや日本国内に於いて個展多数回。2005年秋には鎌倉・神奈川県立近代美術館において大規模な個展。同年、愛・地球博EXPOドームにて狂言の茂山千作らとボクシング・ペインテイングで競演して話題になった。著書に「前衛の道」「ニューヨークの次郎長」「ニューヨークは今日も大変だ!」など。
作家近影= © Yuji Shinomiya
- 読売アンデパンダン展
正式名称は「日本アンデパンダン展」で1949〜63年の15回開催。アンデパンダン(無鑑査自由出品)形式の展覧会は当時はめずらしく、公募団体への出品によらない新鮮な発表形式として注目された。急進的な制作発表は次第に「展覧会」の枠をはみ出す形となり、「展覧会」という制度に大きな問いかけを残しながら終了した。
- ネオ・ダダ
ラウシエンバーグやジョーンズなどに代表される1950年代初頭の芸術運動。ラウシエンバーグのボロ切れや印刷物、廃物などを集積した「コンバイン絵画」など卑属とされてきたものを芸術の中に盛り込むことによって芸術と非芸術、芸術と生活の境界を問いかけるものであった。
- ネオ・ダダ・オルガナイザーズ
吉村益信、篠原有司男、赤瀬川原平、荒川修作、風倉匠作、豊島壮六など読売アンデパンダン展に出品する無名のメンバーによって1960年に結成。4月に一回展、田中信太郎、吉野辰海を加えて7月に二回展、9月に三回展を開く。反逆と破壊に満ちたアナーキーな活力と反芸術的な傾向で話題を呼ぶが、メンバーの離脱等もあり1年を満たず終焉した。

オートバイ X-50
広島市現代美術館蔵
1982

ガウディパークのポケモン
作家蔵
2001